ドッガ、バッシャー、ガルル

 今頃になってホラー大賞部門賞受賞作3作を読んでみたので感想とかを書いてみます。ちなみに大賞受賞作は読んでません。ミステリの話題作ならともかくホラーという鵺のようなジャンルでよく知らない作者のハードカバーなんぞさすがに怖くて買えませんよ。
『粘膜人間』
 グロとバイオレンスという部分が宣伝では強調されてるようなところがありますが、一般的なイメージとはズレた造形の異種族『河童』、巨大小学生『雷太』、頭がアレな憲兵二人、そしてキチタロウや毒猫などの妖怪(?)といった異形のキャラクターの魅力と人間と異種族『河童』の価値観のズレからとんでもない方向に転がりつつも巧みに予定調和な着地点へと収束していくストーリーに魅力を感じました。ホラー小説としても面白いけれどジャンプとかチャンピオンに載ってるネタ要素を含んだバトル漫画的な面白さも強く併せ持った作品だと思います。
 漫画的といえば、第二章で出てきて重要キャラのように見えた清美が最終章ではまったく出てこないあたりはちょっと疑問を感じたんだけど、漫画だと重要そうに見えたキャラが突然消えたりするのはよくあることだし、一応二章で清美の物語は決着がついたということなんでしょうか。あとラストもモロに打ち切り漫画っぽい終わり方ですね。絵にしたら間違いなく『飴村先生の次回作にご期待ください!』ってキャプションが入るよ。2ちゃんねるの某スレで作中の用語や台詞がコピペされまくってるのも漫画にはありがちな現象だし、この作品はどっかで漫画化されたりしてもいいと思った。担当するのは漫☆画太郎が適任だと思う。
『トンコ』
 表題作は本当に食用豚の逃走劇の顛末を描く『だけ』の話だけどそれだけで一気に読ませてしまう筆力は見事。ただ読み終わってこれはホラーなんだろうか、と感じたりはしました。ホラーの定義に詳しくはないですが、個人的にはホラーとは『人生に関わってくる逃れることのできない事柄(例えば老病死苦だとかアイデンティティの揺らぎといったもの)を超自然的なものに仮託し物語として昇華させたもの』みたいな感じに捉えております。この作品の場合超自然という要素は感じられないですが、食用豚の逃れられない運命を幻視めいた『きょうだい』の思い出を交えて描く筆致はやはりホラーと呼ぶべきものなのかな、という気がします。
 他の収録作はゾンビになって幸せな家族を取り戻そうとする女の子の話『ぞんび団地』、と妹の自殺の謎を追う兄と亡霊となって現世に縛り付けられた妹の姿を描いた救済の物語『黙契』。どれもバラバラの作風でバラエティに富んでいて一つ一つの作品も面白いのだけれど、作家の作風を知らしめるという意味ではちょっと損してるかな、という気もします。ただ作品で扱っているモチーフは『喪われてしまったもモノを追い求めるモノの物語』と見事に共通していて、先行する『あちん』もこんな感じだったことを考慮するとこの作者は延々同じテーマを追い求めていく人なのかな、という気もします。
 『あちん』とこの短編集でホラーの書き手としての資質は十分に堪能させていただいたので、次はびしっと長篇作品を読んでみたいものです。
『生き屏風』
 世界観の構築レベルではホラーというよりファンタジーに分類されるべき物語でしょうが、作中に登場する人間や妖たちがとりとめなく語る話によって様々な人々の想いが姿を現していくという構造は怪談物語のスタイルを取っていて、そこがこの作品を一筋縄では括れないものにしています。物語中で起こる事件を中心に描くのではなく、劇中の人物が語る物語のほうがむしろ中心という独特の構成は精度こそ決して高くないものの茫洋とした部分がかえって人生の機微を浮かび上がらせる効果を上げているように感じます。
 また馬の首で眠る妖鬼だの屏風に取り付いた女の霊だの、雪になったボンクラ男といった奇想の数々がどれも視覚的な、時には触覚や嗅覚にも訴えかけるインパクトを伴っているのも素晴らしい。ホラーという括りでは怖さという部分はほとんどないですが、様々な人生模様を軽快な語りと奇想から生まれる怪異に託して飄々と紡ぐ作風はホラーの枠から外れたものではなくむしろホラーの枠を広げるものでしょう。

 そんなわけでホラ大部門賞受賞三作を読んでみましたがどれも面白かったです。怖さという点では『トンコ』の収録作3本からはそれなりに怖さを感じたものの他二作は怖さは特に感じず。ただホラーを「怖かったか否か」で評価するっていうのは個人的には何か間違ってるというかミステリでいうと作中のトリックを見抜けたか否かで良し悪しを判断するようなもので個人の気質性質に寄り過ぎてるような気がします。そういう判断基準は怖さや面白さの本質とはどっかズレているんじゃないかっていうか、『やられた!』とか『驚いた!』という感情を抱くのと『怖かった』とか『面白かった』と感じるのとは別物というべきというか。

 あ、あとこれらの作品は発売から一ヶ月くらいたってるので、そろそろ本屋の一等地平積みコーナーからは消えて探しにくい可能性が高いと思います。これから読む人はビーケーワンで買うのが吉でしょう。