『眠り姫』

 美術室には『眠り姫』と呼ばれる絵が置いてある。ある画家が自分の娘の寝顔を描いた絵で、絵が完成した直後に娘は亡くなり、画家も自殺してしまったそうだ。絵の中の娘は目を閉じているが、時々目を開けていることがあるという。そして目が開いているところを見てしまった者は娘のいる死後の世界に連れて行かれてしまうそうだ。そんな怪談話があたしが通う中学には伝わっていた。
 馬鹿げた作り話だと思っていたけど、ある日の放課後、美術室に忘れ物を取りにいくと、それらしき絵が壁にかけられていたので少し驚いた。絵の中の女の子はかなりの美人で、ベッドに横たわり安らかな寝顔を浮かべ、胸の上に両手を重ねて乗せている。顔色がやけに白いのは気になったが、普通の絵のように見えた。怪談話を信じる気はないけれど、忘れ物を探し終わるまで、つい絵の方をちらちらと見てしまう。しかし私の不安をよそに女の子の目が開くことはなかった。
 次の日、美術部に所属している秋穂に眠り姫の絵を見たと告げるとああ、あれ悪趣味な絵でしょ、アホな仕掛けがしてあるし、と言う。あの絵は別に悪趣味ではなかったし仕掛けなどなかった。話が噛み合わなかったので二人で美術室に行ってみた。あの絵は掛かっていたが、秋穂はそれを無視して棚にしまってあった一枚の油絵を抜き出し私に見せる。真っ青な顔をしてガリガリに痩せた女が眠っている不気味な絵だった。角度を変えると光の加減で目が開いているように見える仕掛けがしてある。昔いた先輩が怪談話を聞いてわざわざこんな物を作ったんだって、バカだよね、と秋穂は笑う。これが眠り姫の絵なの、と聞くと怪訝な顔をして秋穂は頷く。
 では私の後ろに掛かっているあの絵はなんだったのだろうと考えていると、不意に背後から視線を感じた。私は用事を思い出したと秋穂に告げ、振り返ることなく美術室から逃げ出した。