屋根の上の人

 奇妙な夢を見た。
 私は立派な屋敷の前にいて、そこの屋根の上に男が立っていた。髪の毛はもじゃもじゃでボロボロの黒い服を身にまとい杖を手にしている。まるで怪しい仙人のようだ。私が見ているのに気づいたのか、男は杖で地面を差した。その先を見ると地面がひび割れ、そこからうねうねと触手のようなものが生えていた。男の方を見るとどうやら触手を引っこ抜けと指図しているらしい。触手は真っ黒でぬめぬめと光っている。
どうするか決めかねてを辺りを見ると、もう一軒そっくりな屋敷があり、そこの屋根にも男が立っていた。こちらの男はつるつるの禿げ頭で清潔そうな白い服に身を包んでいた。やはり杖を持ち、どこか仙人めいている。白い服の男は身振り手振りで早くここから立ち去れ、と促しているように見えた。地面から生えた触手を見つめる。ぐにゃぐにゃと蠢き、油にまみれたようにてかてかしており気持ち悪い。毒でも持っていそうな雰囲気だ。触ったら手が汚れるだけではすまないだろう。黒と白、どちらに従うか。胆は決まった。
踵を返し走り出した。後ろは振り返らない。不意にくすくす笑いとため息が同時に聞こえた。思わず立ち止まり二軒の屋敷を見た。もう屋根の上にはどちらの男もいなかった。地面から触手が生えていたひび割れも最初から何もなかったように消えていた。
そこで目が覚めた。

 その後、特に怪現象は起こっていないが、夢を見て以来急速に髪の生え際が後退し始めた。食生活を直しても、養毛剤を使ってもハゲの進行は止まらなかった。あの時、謎の触手を引っこ抜いていたら私の髪の毛は無事だったのか。それとも禿げるよりもひどい目に遭っていたのか。それはわからない。